おそろの社章

父が散歩中に携帯から「こっちでは桜が咲き始めとうぞ」と電話をよこした。


実は私は父と同じグループ会社に入った。まさか毛嫌いしている父と同じ社章を付ける事になるとは。入社式でバッヂを受け取った時にはとても不思議な気持ちだった。
最近社員心得やら技術研修やらを通して社員としての自覚が芽生えてきたので、技術屋として地味に会社員をやってきた父の事を考えずにはいられない。電話がかかってきたときも関係会社の部長様から、という意識が沸いて思わず背筋を正した。
それに対して父は私がどんな研修を受けているかとか、友達はできたかとか(幼稚園児じゃあるまいし)、聞いてくる。生返事をしながら技術研修で習った当時画期的だった我が社の新製品の話をしたら、ややあって「何十年も前の事やなぁ」と溜め息のような返事がきた。
その後もどこの河原の桜が何分咲きできれいやぞ、とかの話を嬉しそうにする父の声を聞いていて、なんだか胸が苦しくて泣きそうだった。今これを書いててまた泣きそう。


父はどこまでも私を赤ん坊のように気遣ってくるし、にもかかわらず私は父の今までの人生に敬意を払う事もなく生きてきた。そんな娘に対しても無償の愛情を(不器用すぎるとは言え)注ぎ続けてくれている事にうろたえてしまう。


顔を見ると憎まれ口をたたいてしまうのでたまには手紙でも書こうかな、と思う。